大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)4739号 判決 1986年5月16日
原告
株式会社丸福
右代表者代表取締役
大和清
右訴訟代理人弁護士
前田嘉道
被告
破産者鈴木利重破産管財人
表久守
右訴訟代理人弁護士
表昌子
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、
(一) (第一次請求)
金一七九四万二〇〇六円及びこれに対する昭和五九年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) (第二次請求)
金五七五万〇一〇〇円及びこれに対する昭和五九年六月二七日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 第一次請求関係
(一) 先取特権の侵害による不法行為
(1) 原告は、時計、貴金属、雑貨類の卸・小売業者であるが、同業の鈴屋こと、鈴木敏成こと鈴木利重に対し、昭和五八年一二月五日から翌五九年三月三一日までに、別紙物件目録(一)記載の商品(以下「本件(一)の商品」という。)を、別紙棚卸表価格欄記載の代金合計一六九四万八三九五円を後日支払う旨の約定で売り渡した。よつて、原告は、本件(一)の商品につき、右売買代金及びその利息を被担保債権とする動産売買の先取特権を取得した。
(2) 鈴木利重は、昭和五九年三月三一日、本件(一)の商品を所有し占有したまま、手形不渡りにより事実上倒産し、同年四月三日、当庁に対し破産の申立をなしたので、当庁は、同月一九日午前一〇時破産宣告決定をし、被告をその破産管財人に選任した。よつて、被告は、右時期以降、本件(一)の商品に対する管理処分権を有するに至つた。
(3) 原告代理人弁護士前田嘉道(以下「原告代理人」という。)は、被告に対し、昭和五九年四月二六日別除権目的動産明示書を交付したうえ、本件(一)の商品につき動産売買の先取特権が存する旨主張したところ、同年五月一〇日、被告から、原告納入商品と在庫商品との同一性につき疑問が提起されたので、この点につき原、被告立会のうえで調査する旨合意した。ところが、被告は原告代理人に対し、同月一五日になつて、在庫商品が分散しているから右同一性の確認は困難であり、また原告の先取特権を認めれば、他の納入業者からも同様の取扱いを求められ収拾がつかなくなるとの理由で原告の先取特権行使による本件(一)の商品の引渡要求を拒否し、本件(一)の商品を他に売却処分する旨通告してきた。そこで、原告代理人は被告に対し、同月一七日付翌一八日到達の書面(甲第一号証)をもつて、別除権行使を認めるよう求めたが、被告は、同月三一日到達の書面(甲第二号証)をもつて、これを拒否してきた。そのため、原告代理人は、先取特権を保全する方法につき熟慮を重ね、その結果六月二二日、被告を相手方とする動産仮処分を申請したが、右申請は、同月二五日却下された。さらに同日、被告は原告代理人に対し、原告が先取特権の存在を主張しないならば、本件(一)の商品を原告に売却してもよい旨申入れてきたが、原告はこれを拒否した。そして翌二六日、被告は、破産裁判所の許可を得たうえ、西端邦太に対し、本件(一)の商品を破産者鈴木利重(以下「破産者」という。)の仕入価格の約三五パーセントという廉価で代金引換による任意売却の方法により売渡し、右売渡しにより、原告の右商品に対する動産売買の先取特権は消滅した。
(4) しかしながら、右任意売却処分は、破産管財人としての善管注意義務を著しく逸脱したものであり、違法である。その理由は次のとおりである。
(イ) 動産売買の先取特権は、動産の売買代金及び利息についてその売渡した動産から優先弁済を受ける法定担保物権であり、目的物を直接支配する力を有する。したがつて、動産売買の先取特権は、破産法上、別除権として取扱われ、その目的物は破産債権者の共同担保とならず、先取特権者は破産手続によらないでこれを換価処分することができる。もつとも、先取特権には、原則として目的物に対する追及効が認められていないが、このことは先取特権の存在を公示すべき手段が存しないことに起因するものにすぎず、そのことの故に抵当権等他の担保物権と比較してその内容や効力が劣るものではない。抵当権において抵当権設定者が目的物を滅失毀損したり、抵当権設定登記経由前に目的物を第三者に譲渡して抵当権を消滅させる行為が抵当権者に対する不法行為となるのと同様に、先取特権においても、買主が目的物を第三者に売渡して先取特権を消滅させる行為は、先取特権者に対する不法行為を構成する。
(ロ) 破産管財人は、破産手続の主宰者として破産債権の優先順位等を尊重して厳正公平に包括執行、清算手続を行うべき職責を有する。したがつて、破産管財人としては、別除権についてもこれを尊重すべき義務があるから、破産財団を構成する財産上に別除権が成立していないかどうかについて善良なる管理者の注意をもつて調査し、これが認められる場合は、その目的物を破産財団から取り除いてその価値を正当な権利者に帰属せしむる措置をこうずる義務がある。すなわち、破産管財人は、先取特権者からその権利を行使する旨の主張を受けた場合、先取特権者が民事執行法一九〇条所定の手続を経る以前であつても、速やかにその存否を調査したうえ、これが認められる場合は、先取特権者に対し、差押承諾書を交付し、または被担保債権を弁済して先取特権を消滅させ、または目的物に剰余価値がない場合には所有権放棄のうえこれを先取特権者に引渡し、あるいは破産法二〇三条所定の民事執行手続によりこれを換価し、先取特権者の配当要求により優先弁済を実施する等の妥当な解決方法を見出すべき立場にある。破産管財人が破産法二〇三条所定の手続により先取特権の目的動産を換価するならば、別除権者は、執行抗告・入札、競売への参加等により、その不当な安価による売却を防止することが可能となるが、代金引換えによる任意売却であれば、これが全く不可能となるのである。また、先取特権の目的物の任意売却は、先取特権者である売主がこれを容認した場合でも、客観的に買主に代金支払の可能性が存する限りにおいて許されるのであり、これがない場合は、買主は、むしろこれを保持すべき義務がある。しかるに破産宣告がなされた以上、もはや右代金支払の可能性はないのであるから、買主と同じ立場にある破産管財人としては先取特権の目的物を保持すべき義務があり、これを任意売却することは、右売却について破産裁判所の許可があつても、また売却代金を破産財団に繰り入れたとしても、これが正当化されるものではない。
(ハ) しかるに、破産管財人たる被告は、原告が先取特権者であることを充分認識しながら、敢えてこれを無視し、極めて安価に任意売却処分をして原告の先取特権を消滅させたものであり、その破産管財人としての職務上の注意義務を著しく逸脱したものである。
(5) 本件(一)の商品は、昭和五九年六月当時、少なくとも原告の納入価格合計一六九四万八三九五円で売却処分することが可能であつた。よつて、原告は、被告のなした前記売却処分により本件(一)の商品に対する先取特権を消滅させられ被担保債権の回収が不可能となつたため、右と同額の損害を被つた。
(二) 所有権の侵害による不法行為
(1) 原告は、破産者に対し、昭和五九年三月ころ、その所有にかかる別紙物件目録(二)記載の商品(以下「本件(二)の商品」という。)を委託販売分として引渡した。
(2) 破産者は、昭和五九年三月三一日当時本件(二)の商品を占有しており、被告は本件(二)の商品に対する管理権を取得した。
(3) 被告は、破産管財人として原告の取戻権の存否を調査し、その所有権を侵害しないようにすべき職務上の注意義務があるのにこれを怠り慢然と、または、原告の取戻権を充分認識しながら、西端邦太に対し、昭和五九年六月二六日、本件(二)の商品を代金引換で任意売却し、もつて原告の所有権を侵害した。
(4) 本件(二)の商品の時価相当額は、右売却当時合計九九万三六一一円であつたから、原告は被告の右不法行為により右と同額の損害を被つた。
よつて、原告は、被告に対し、第一次請求として、先取特権の侵害による不法行為に基づく損害賠償金として金一六九四万八三九五円及び所有権の侵害による不法行為に基づく損害賠償金として金九九万三六一一円並びに右合計金一七九四万二〇〇六円に対する不法行為の日以後である昭和五九年六月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 第二次請求関係
(一) 請求原因1(一)(1)、(2)のとおり。
(二) 被告は、西端邦太に対し、昭和五九年六月二六日本件(一)の商品のうち、本件(三)の商品を含む時計等(破産者の仕入価格合計二四九一万〇五四六円相当)を代金九〇〇万円で売り渡し、同日右代金の支払を受けた。
(三) 本件(三)の商品は、昭和五九年六月当時、少なくとも原告の納入価格合計一五九一万七一七五円で売却処分することが可能であつた。よつて、原告は、被告のなした前記売却処分により本件(三)の商品に対する先取特権を消滅させられたため、右と同額の損害を被つた。他方被告は、原告の先取特権の目的となつているから本来破産債権の共同担保とはなりえないはずの本件(三)の商品を任意売却してその代金を破産財団に組入れたから、破産財団に右代金相当額の利得が発生した。右利得は何ら法律上の原因を有しないものである。
(四) 原告が被つた損失により被告が得た利得は、全売却代金額九〇〇万円に、全売却商品の仕入価格合計額の中で本件(三)の商品の仕入価格が占める割合である六三・八九パーセントを乗じた金五七五万〇一〇〇円である。
よつて、原告は、被告に対し、第二次請求として、不当利得金五七五万〇一〇〇円及びこれに対する不当利得の日の後である昭和五九年六月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1(一)(1) 請求原因1(一)(1)の事実は知らない。
(2) 同1(一)(2)の事実は認める。
(3) 同1(一)(3)の事実のうち、原告代理人が被告に対し、昭和五九年四月二六日、動産売買の先取特権を主張し、被告は、これに対し本件(一)の商品は任意売却する旨回答したこと、原告代理人が被告に対し、同年五月一七日付翌一八日到達の書面(甲第一号証)をもつて別除権を主張してきたこと、被告は右に対し、同月二九日付回答書(甲第二号証)を送付したこと、被告は原告代理人に対し、同年六月二五日本件(一)の商品の買取方を打診したが、原告はこれを拒否したこと、翌二六日、被告は、裁判所の許可を得て、西端邦太に対し、本件(一)の商品を任意売却したことは認め、その余の事実は否認する。
(4) 同1(一)(4)は争う。
(5) 同1(一)(5)の事実は否認する。
(二)(1) 同1(二)(1)のうち、委託販売を除くその余の事実は認める。
(2) 同1(二)(2)の事実は認める。
(3) 同1(二)(3)の事実のうち、本件(二)の商品を西端邦太に売却したことは認め、その余の事実は否認する。
(4) 同1(二)(4)の事実は否認する。
2(一) 同2(二)の事実は認める。
(二) 同2(三)、(四)の各事実は否認する。
3 本件任意売却の適法性について
(一) 先取特権者には、実体法上、目的物を占有する権限は与えられていないし、目的物に対する追及力もなく、民事執行法上も動産の競売に際して目的物の占有を強制的に取得するとの前提はとられていない。もし先取特権者に目的物の引渡請求権を認めれば、先取特権者が目的物の引渡を受けながら競売の申立をしない場合には著しい不合理を生じることになる。したがつて、先取特権者が民事執行法一九〇条の要件を備えない限り、債務者に対する目的物引渡請求権や差押承諾請求権を認めることができないのはもちろんのこと、単に先取特権が存在すると主張するだけでは、債務者による目的物の処分を制限したり、目的物を保持するよう求める権利も認められない。仮に、原告主張のように権利行使(差押)なくして単に先取特権がある旨の通知によつて別除権の取扱いをなすべき義務があるとすれば、納入商品が売却され売得金を差押えるだけの特定性もない場合の納入業者と、納入商品が売却されずに在庫商品として残つている納入業者との取扱いにおいて、売却が遅くなつたという偶然の事情で差をつけることになり、同じ破産債権者としての取扱いに著しい不公平を生ずることになる。結局、先取特権者が現実に先取特権を行使して優先弁済を受けるためには、民事執行法一九〇条所定の手続を経る必要があり、破産管財人としては、右に基づく差押があつて始めて先取特権者を別除権者として扱えば足りるのであつて、それまでは破産管財人の換価処分権はなんら拘束されない。なお、破産管財人は、その職務を行うにつき債権者間の平等・公平を害しえないから、一債権者にすぎない原告に、任意に目的物を引渡し、あるいは差押を承諾する等格別の便宜を与える理由はない。
(二) 原告は、昭和五九年五月一七日付書面で先取特権の主張をしたので、被告は、同月二九日付書面で「単に主張にとどまらず権利行使を必要とする」旨の見解を示し、右権利行使がない限り原告の申出のみによつては別除権の取扱いが出来ない旨回答した。ところが、原告は、右通知から本件換価処分までの約四〇日間、なんらの措置をとらず放置した。この間、被告は、本件物品を含む各在庫商品類の換価処分を急いでいる事情を原告に告げ、その換価処分における買受方の交渉を重ねたが、原告は、これら交渉に一切応じることなく、単に先取特権が存する旨主張するだけであつた。そこで被告は、在庫品の商品価値の下落を回避し配当源資を確保するため、裁判所の許可を得て、本件(一)の商品を任意売却したものであつて、被告の行為には何ら違法な点はなく、原告は、自ら権利行使の時期を失したことによる不利益を不当にも被告に転嫁しようとするものである。
4 原告の不当利得の主張について
被告は本件(三)の商品を売却する権限を有するから、右権限を行使した結果としての売買代金の取得は、法律上の原因を欠くものではない。また先取特権者は、民事執行法一九〇条所定の手続をとらない限り、別除権者としては扱われないところ、原告は右手続を経ていなかつたから、もともと別除権者たる地位を取得していなかつた。したがつて、原告は、被告の売却処分によつて何らの損失も被つていない。仮に原告が別除権喪失という損失を被つたとしても、それは自ら権利行使を怠つた結果にすぎないから、原告と被告の利得との間には因果関係がない。よつて、いずれの点からしても原告の主張は理由がない。
三 抗弁(所有権侵害の主張に対して)
仮に原告がもと本件(二)の商品を所有していたとしても、破産者は原告から、昭和五九年三月ころ、これを別紙棚卸表6価格欄記載の金額で買い受けた。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。本件(二)の商品は、原告がその所有権を留保したまま、破産者にその販売のみを委託するため引渡したものである。
第三 証拠<省略>
理由
第一 第一次請求について
一先取特権の侵害による不法行為の主張について
1請求原因1(一)(1)(先取特権の成立)の事実については、<証拠>を総合すれば、原告は、破産者に対し、昭和五八年一二月ころから翌五九年三月ころまでの間に、本件(一)の商品を、別紙棚卸表価格欄記載の代金を後日支払う旨の約定で売り渡したとの事実が認められる。<反証排斥略>。
右認定事実によれば、原告は、本件(一)の商品につきその売買代金及び利息を被担保債権とする動産売買の先取特権を取得したものというべきである。
2請求原因1(一)(2)(破産者の破産等)の事実は当事者間に争いがない。
ところで、債務者が破産宣告決定を受けたことによる効果は、破産者の所有財産に対する管理処分機能が剥奪されて破産管財人に帰属せしめられるとともに、破産債権者による個別的な権利行使を禁止されることになるというにとどまり、これにより破産者の財産の所有権が破産財団又は破産管財人に譲渡されたことになるものではないから、債務者が破産宣告決定を受けたからといつて、動産売買の先取特権が消滅するわけではない。そして、特別の先取特権たる動産売買の先取特権は破産法上別除権として扱われるから、先取特権者はその権利を破産手続によらずに行使することができる。よつて、原告は、本件(一)の商品につき動産売買の先取特権を有し、破産手続外の法定の手続によりこれを行使することができる筋合のものと解するのが相当である。
3請求原因1(一)(3)のうち、原告代理人が、被告に対し、昭和五九年四月二六日以降、原告が本件(一)の商品につき先取特権を有しているので、これを前提とした上で本件(一)の商品の処理をするよう求めたこと、被告はこれに応じず、同年六月二六日、本件(一)の商品を西端邦太に任意売却したことは当事者間に争いがなく、右によれば、原告が本件(一)の商品につき有した先取特権は、被告の任意売却により消滅したものというべきである。しかるところ、原告は、破産管財人が右商品が先取特権の目的動産であることを知りながらあえて任意売却し、もつて先取特権を消滅させた行為は、破産管財人としての著しい義務違背であり先取特権者に対する不法行為である旨主張するので、以下、この点につき検討する。
(一) まず、破産管財人は、善良なる管理者の注意をもつてその職務を行うことを要し、右注意を怠つたときは、利害関係人に対して損害賠償の責に任すべきであり(破産法一六四条一、二項)、その職務の執行に当たりすべての利害関係人に対し、公正、中立でなければならないことは勿論であるが、実体法上の義務については破産者以上の義務を負担するものではないと解すべきである。
(二) 原告は、本件先取特権の目的物の任意売却処分は抵当権の消滅行為と同様、不法行為であると主張する。確かに、抵当権設定者は抵当権者に対して目的物の価値を保持すべき義務があるが、動産売買の先取特権は動産の売買によつて当然に発生する法定担保権であり、その効力としては目的物を競売してその競落代金から優先弁済を受けることができるだけであり、買主に対して目的物の引渡しを求めたり、買主に対してその任意処分を禁止したりする権利はなく、これが一度、第三者に処分された場合は、公示の方法がないため目的物に対する追及力もなく、ただ物上代位によつて若干保護されているものにすぎず、その客体に対する支配力は極めて弱い権利であるから、これを抵当権の場合と同一に論ずることはできない。そしてこのことは、破産宣告決定後も同一であつて、右先取特権者は破産管財人に対して、管財人の占有管理下にある目的物の引渡を求めたり、その処分を禁止したりする権利はなく、むしろ破産財団の処分権は破産管財人に専属するものであり(同法七条)、動産の任意売却は同法一九七条七号所定の適法行為であるから、これをもつて原告主張の如き抵当権消滅行為と同一に論ずることはできない。よつて、原告の前記主張は理由がない。
(三) 次に、原告は、破産管財人は、原告の先取特権を別除権として尊重すべき義務があるのに、これを無視して右義務を怠つた旨主張する。確かに、破産管財人が利害関係人の各権利をその内容に応じて適切に処理すべき義務があることは勿論であるが、実体法上の制約があることは否定できない。ところで、動産売買の先取特権者が破産手続外でその権利を実行するためには、債権者が執行官に対し動産を提出するか、又は動産の占有者が差押えを承諾することを証する文書を執行官に提出しなければならないところ(民事執行法一九〇条)、本件においては、目的物を破産管財人が占有管理しているから、原告は被告たる破産管財人の差押承諾文書を執行官に提出する必要がある。しかるところ、原告が被告に対し、本件(一)の商品の任意売却処分までに口頭又は書面で右商品について原告が動産売買の先取特権を有し、別除権を行使する旨主張してきたことは当事者間に争いがないから、被告が原告の右主張を了解していたことは明らかである。しかしながら、被告が右主張の段階で、当然に右商品に対する差押を承諾すべき義務があると解すべき法律上の根拠はないし、右義務を肯定する確定した解釈も存在しないのであるから、被告が右差押を承諾しなかつたとしても職責上やむを得ないものというべきである。<証拠>によれば、被告は、原告に対し、原告の別除権行使は、法定の要件である前記占有又は破産宣告前の差押を欠いているとして右要求を拒否したこと、被告は、換価方針として業者に対する任意売却処分が相当であると判断していたこと、任意売却処分前に被告は原告に対し、先取特権を主張しないならば原告に売却してもよい旨申し出たが、原告は右申出を拒否したので、前記方針に基づいて業者である西端邦太に対し任意売却したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、被告たる破産管財人が、特に原告に対して損害を与えることを意図したとか、恣意に基づく行為があつたものとは到底認め難く、結局、本件任意売却処分は通常の業務執行の範囲内の適法行為であると認めざるを得ない。原告は、被告が破産法二〇三条所定の手続による換価をなすべきであつた旨主張するが、被告において前記商品に対する原告の別除権行使を承諾した訳ではなく、また自ら占有管理する商品であるから、同法が適用されるべき場合に該当しない。また、原告は、被告が右商品を不当な廉価で売却した旨主張するが、これが破産債権者との関係で善管注意義務違反として問題とされる余地はあるとしても、原告との関係で右義務違反を構成する余地はない。
(四) 以上の次第で、被告には、破産管財人として職務上の義務違背は全くないものというべきである。
二所有権の侵害による不法行為の主張について
1請求原因1(二)(1)のうち、委託販売を除くその余の事実は当事者間に争いがない。
2そこで、被告の売買の抗弁について判断するに、<証拠>によれば、原告の売上帳には、昭和五九年三月三一日、本件(二)の商品を他の商品とともに別紙棚卸表6価格欄記載の価格で破産者に売り渡した旨の記載があること、原告は被告に対し、昭和五九年五月以降本件(二)の商品についても破産者に売り渡したとして動産売買の先取特権を主張していたことが認められ、右認定事実によれば、被告主張の売買の事実を認めることができる。
もつとも、<証拠>によれば、別紙棚卸表6は、破産者が破産申立に際し当時の在庫商品を集計して作成したものの一部であるところ、同表には「委託販売分、山本」との記載が存すること。破産者は、本件(二)の商品をもと原告社員であつた山本とものすけから販売のため預つていたとの趣旨の供述が認められるが、右いずれの点も、前掲甲第六号証の原告の売上帳の記載と比較してにわかに信用することができず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の所有権侵害による不法行為の主張は理由がない。
第二 第二次請求について
一請求原因2(一)の事実については、第一、一1、2において認定したとおりである。
二請求原因2(二)の事実は当事者間に争いがない。
三そこで、被告が、本件(三)の商品を任意売却することによつて、原告の先取特権を消滅させるとともに、右売買代金全額を取得することが、原告の損失のもとに不当に利得したことになるかどうかについて検討する。
まず、原告の損失の有無について考えるに、前説示のとおり、被告には、原告に対し前記商品の差押を承諾すべき義務もこれを引渡すべき義務も存しない。したがつて、被告が前記商品を占有し、原告の引渡等の要求を拒否する限り、原告は自己の先取特権を実行する手段を有しないのであるから、被告の売却処分によつて先取特権が消滅したからといつて、直ちに原告に損害が発生したとは言い難い。けだし、動産売買の先取特権が、破産法上別除権として取扱われるといつても、そのことは、単に、別除権者は破産手続外において権利を行使し、目的物から優先弁済を受けうることを意味するにすぎず、右の限度を超えて、目的物の交換価値を何らの手続をも要せず当然に保有し、すなわち右交換価値部分が当然に破産財団から控除されているということまでも意味するわけではないからである。また、被告の利得が法律上の原因を欠くものであるかどうかについても、前記商品の所有権は破産者に属し、前説示のとおり、破産管財人は、適法に目的動産を任意売却したものであるから、これにより被告が先取特権の負担のない商品としての対価を受領したからといつて、それが法律上の原因を欠く利得であるとはいえない。
よつて、被告が本件(三)の商品を第三者に任意売却したことによつて、原告の損失のもとに不当な利得をしたものとは認められないから、原告の不当利得の主張は理由がない。
第三 結論
以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官久末洋三 裁判官三浦潤、同多見谷寿郎は、転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官久末洋三)
物件目録
(一) エルジン、テクノス等腕時計等合計三〇五九点(但し、別紙棚卸表1ないし5、7ないし15記載の商品のうち、同表数量欄記載の数量の左側に黒丸印を付したもの。)
(二) 別紙棚卸表6記載の商品
(三) 別紙棚卸表1ないし5、7、9、10、12ないし15記載の商品のうち、同表数量欄記載の数量の左側に黒丸印を付したもの。
別紙 棚卸表1〜15<省略>